アナハタチャクラは、七つチャクラの中間にあり、上位と下位のチャクラの橋渡しとなる重要な役割をしていると言われるだけあり、自分の内面を見つめる上で様々な事を感じさせられました。
(すべては一つに)
マニプラチャクラでは「自我」がテーマでした。この自我ついて、心理学者ケン・ウィルバーは、「われわれは自我から不都合な影を切り離したように、身体を切り離し影にして、また環境も自我から切り離して、外部の影にしてしまった。こうして人間は境界を打ち立てるから、その対立や闘争に駆り立てられ、境界のために分断された向こう側からたえず復讐や攻撃をうけるように感じてしまう。」と述べています。アナハタチャクラでは、すべての人とすべてを無条件に受け入れる愛のエネルギーであり、このエネルギーによりあらゆる境界が消え去り、分断されたものは一つに溶け合うということではないでしょうか。
(打たれていない音)
アナハタとは、「打たれていない音、物と物が触れずにおこる音、終わりや始まりのない音」と解釈されることから、根源的な宇宙の音、終わりや始まりのない聖なる響きである“オーム”を指すのでしょうか。この「打たれていない音」で閃いたことがあります。江戸中期の禅僧である白隠和尚の有名な禅問答「両手を打つと音が響くが片手では、どんな音がするか。」には、意味ある答えは無いというのです。我々は「物」を見るのは「眼」、「音」を聞くのは「耳」と思い込んでいる。この思い込みが「妄想」であり、この常識や分別を外せば、片手でも音は聞こえる。大切なのは「迷い」の根元である「分別」を断ち切ることにある。「自分、自分」と己のことで一杯になった頭では何ひとつ、見えも聞こえもするはずはなく、ただ我執を離れ、対象と一体になった時にのみ不可思議な音が聞こえるかもしれません。頭を空っぽにして心で感じてみたいものです。